大判例

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大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)340号 判決 1968年9月20日

控訴人 石川燃料株式会社

右代表者代表取締役 石川昇三

右訴訟代理人弁護士 望月武夫

被控訴人 松下寛

右訴訟代理人弁護士 鈴木健弥

同 北川新治

被控訴人 亡本仁信一承継人 島村雅子

被控訴人 亡本仁信一承継人 本仁信也

主文

一、原判決を取消す。(但し、原判決第三項判示の反訴(交換的変更前旧反訴)は取下られている。)

二、被控訴人らの請求を棄却する。

三、控訴人の当審での反訴の交換的変更による新請求につき、

(一)  被控訴人本仁信也、同島村雅子は控訴人に対し原判決末尾添付目録記載第一及び第二物件につき、大阪法務局長野出張所昭和二九年七月五日受付第一二七〇号代物弁済を原因とする亡本仁信一名義の所有権所得登記の抹消登記手続きをせよ。

(二)  被控訴人松下寛は控訴人に対し前記同目録記載第一物件につき、大阪法務局長野出張所昭和三三年一〇月二五日受付第一六〇一号売買を原因とする所有権取得登記の抹消登記手続きをせよ。

四、訴訟費用は第一、二審を通じ全部被控訴人ら(但しその二分の一を被控訴人松下、その各四分の一をその余の被控訴人ら)の負担とする。

事実

控訴代理人は本訴につき「原判決を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を、当審での反訴の交換的変更による新請求に基き、主文第三項同旨の判決を求め、被控訴人松下訴訟代理人は本訴につき控訴棄却の、反訴につき請求棄却の各判決を求め、被控訴本人本仁信也、同島村雅子は公示送達による適式の呼出しを受けながら当審口頭弁論期日に出頭せず且つ答弁書その他の準備書面を提出しない。

≪以下事実省略≫

理由

一、次の事実は当事者間に争いがない。

(一)  貴船鋳物(後に明和可鍛鋳鉄株式会社と商号変更)が昭和二六年一〇月二九日近畿相互に負担していた一、六九六、二五〇円の債務を担保するため自社所有の本件建物(原判決末尾添付目録記載の第一、第二の両建物。昭和三三年一〇月二五日右第一、第二の各建物に分割された)につき、近畿相互との間で抵当権設定契約と代物弁済一方の予約を締結し、翌三〇日その旨の登記と仮登記手続きを経由したこと。

(二)  貴船鋳物は昭和二九年六月五日近畿相互に対し前記債務の内金一、〇九〇、四四八円を弁済したので、同月九日前記抵当権設定登記の被担保債権額は六〇五、八〇二円と変更登記されたこと。

(三)  右と同時すなわち昭和二九年六月五日曽和義弌なる者が近畿相互に対し前記残債務六〇五、八〇二円を貴船鋳物のために代位弁済して右各担保権を譲受けたとして同月九日前記抵当権設定登記並びに所有権移転請求権保全仮登記の各移転の附記登記手続を経由したこと。

(四)  一方、貴船鋳物は昭和二九年三月一五日控訴会社との間で本件建物ほか一筆の建物につき極度額一五〇万円の根抵当権設定契約を締結し、翌一六日その旨登記手続きを経由したこと。

二、次に≪証拠省略≫によれば、被控訴人島村雅子、同本仁信也の先代亡本仁信一(昭和四〇年八月二一日死亡。以下亡本仁と略称)は昭和二九年六月二一日貴船鋳物から本件建物を買受けたことを原因とする所有権移転登記をしながら、のち同月二九日これを錯誤による登記であったとして抹消登記手続きをし、あらためて同年七月一日前記曽和から同人の有する代物弁済予約上の権利を譲受けたとして、同月三日その旨仮登記移転の附記登記を経由したこと、亡本仁は右権利譲受と同時すなわち七月一日右予約を完結して本件建物の代物弁済を受けたとして同月五日その旨右仮登記に基く本登記をしたこと、なお亡本仁はその後昭和三三年一〇月二五日本件建物のうち第一の建物を被控訴人松下に売却したとしてその旨第一の建物につき所有権移転登記をしたこと、以上の事実を認めることができ、他に反証はない。

三、被控訴人らは右所有権に基き控訴会社の後順位抵当権設定登記の抹消登記手続きを訴求する。

按ずるに、本件建物についての被控訴人ら主張の仮登記、本登記の各原因(近畿相互から曽和、曽和から亡本仁への各代物弁済予約上の権利譲渡、亡本仁の予約完結権行使)やその経緯に関する原審証人曽和義弌、同亀井譲太郎の各証言中被控訴人らの主張にそう部分は極めて曖昧な点が多く、殊に曽和証人は貴船鋳物の保証人として近畿相互に対し約六〇万円を代位弁済したといいながらその実は右金員はもともと貴船鋳物の代表者村蒔優の妻の母から出捐されたものであるほか、自分は一切を亀井弁護士に任せていたから詳細は知らないと供述し、亀井証人も本件には自ら関与したといいながら、登記手続は一切自己の法律事務所事務員がやったと供述し、さらに亡本仁から被控訴人松下への第一建物を譲渡したさいの対価額も明言できない有様で、それ自体信ぴょう性がうすく、前記認定の登記の経過や後記各証拠に照らし吟味すれば到底そのすべてが事の真相を伝えたものとは受取り難い。

そこで、右両証人の証言の一部に前記認定の登記の経過や≪証拠省略≫を綜合して事の真相を検討すると次のとおりであることが認められる。

(一)  貴船鋳物は経営難のため代表者村蒔優は所在不明となり、間もなく昭和二九年四月頃倒産したのであるが、弁護士亀井譲太郎はかねて右貴船鋳物から債務整理等の善後策について委任を受けていた関係でその内情を詳知し、前記担保関係を利用すれば控訴会社や他の一般債権者に先んじて貴船鋳物所有の本件建物を極めて有利に取得できると考え、まず、その代表者村蒔優の妻の母(長野駅前の荒物商)を説いて貴船鋳物の近畿相互に対する残債務六〇五、八〇二円の支払資金を調達させてこれを預った上(同女は右身分関係から亀井が娘婿の優のため貴船鋳物の代理人として支払ってくれるものと考えていたと推測するのが相当である)、昭和二九年六月頃近畿相互(監理部佐々木敏夫)に対し「残債務を第三者弁済するから本件建物の代物弁済予約上の権利一切を譲渡してほしい」とかけあった。

(二)  一方、近畿相互は従来からこげつき債権の回収方法としてはまず債権自体の回収(保証人に対する請求も含めて)をはかり、これがかなえられないときにやむなく抵当権を実行し、代物弁済予約を完結することは殆んどしない方針をとっていた関係上、本来何人による弁済でも特にこれを拒否する理由もなかったが、当時残債務は当初の約三分の一に減っている点等に鑑み亀井の前記企てを察知し、「全く無関係な者の弁済では困る」といって拒否したところ、亀井はさらに「それでは貴船鋳物の保証人ならよいか」と迫り、近畿相互も「それならよい」と答えた。

そこで、亀井は右情を知り、亀井の意のままになる曽和(亀井の旧知で、貴船鋳物とは全く無関係な人物)に依頼してその名で弁済することとし、近畿相互には曽和を貴船鋳物の保証人として認めてもらい、よって昭和二九年六月九日近畿相互に対し前記村蒔の妻の母から預った六〇五、八〇二円を同女の意に反しほしいままに曽和の名において支払い、同人名義の仮登記を経由した。(前掲証人曽和義弌は自分は貴船鋳物の監査役であると供述するが、他にこれを裏付けるに足る確証がないから措信しない。また前掲証人佐々木敏夫は曽和は当初から保証人であったかの如く供述するけれども、前掲乙第二号証の一によれば近畿相互保管にかかる貴船鋳物関係の掛金台帳によってもその保証人欄に村蒔優ほか二名の記載はあるが曽和の名は見えないことが認められるから右供述もにわかに措信し難い。)

(三)  亀井は次にこれも旧知の亡本仁に対し(同人からいかなる対価を得たかは不明であるが、)昭和二九年七月三日曽和名義の前記仮登記を移転し(曽和はこのことに一切関与していない)、亡本仁はその後同月五日右仮登記に基く本登記をした。しかし、右本登記原因である代物弁済予約の完結の意思表示がはたして貴船鋳物に対してなされたかすら不明である。なお、亀井はこれより先、六月二一日前記のとおり誤って貴船鋳物から亡本仁への直接の売買を原因とする所有権移転登記をしたが、これでは他の一般債権者にはともかく、控訴会社の根抵当権に対して順位がおくれるので、二九日これを抹消している。

(四)  以上のような亀井等の作為はやがて貴船鋳物の債権者の知るところとなり、債権者らは亀井弁護士の所為を倒産会社の代理人にあるまじき行為であるとして糾弾した。しかし、亀井はこれに応えることなく、かえって控訴会社に対しても昭和三五年頃「控訴会社の根抵当権は登記上後順位で完全なものでないから、債権の一割を交付するので、残余を放棄しないか」と交渉したが、控訴会社はこれに応じなかったので、亀井は今度は被控訴人松下、亡本仁の訴訟代理人となって控訴会社に対し本訴を提起した。

(五)  ところで、控訴会社は昭和二三年頃から貴船鋳物に対し石炭コークス等を継続して売却し、貴船鋳物が倒産した昭和二九年四月当時約一六〇万円の売掛代金債権を有していたが、その後昭和三三年本件建物と共同担保として根抵当権を有していた村蒔優個人所有の建物を競売して一部弁済を受けたので残債権は約一二五万円となっている。

(六)  本件建物の時価は昭和二九年七月当時約二三〇万円、同四〇年当時約一、四〇〇万円であった。

以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

以上の認定事実によれば、被控訴人ら主張の近畿相互から曽和、曽和から亡本仁への各仮登記の移転、亡本仁の右仮登記に基く本登記は、たとえその登記原因が形式上成立しているとしても、それは前記のとおり、亀井弁護士が貴船鋳物の倒産にさいし、たまたま近畿相互が前記のような時価の本件建物に対し僅か六〇万余円の残債権につき最先順位の仮登記ある代物弁済予約上の権利を有しているのに着眼して、その被担保残債権を代位弁済して右権利を譲受け、本件建物を優先取得して巨利を得ようとし、その代位弁済資金は前記のとおり情を知らぬ貴船鋳物の代表者村蒔優(所在不明となる)の妻の母を説いて出捐させてこれをその意に反し同人の知らぬ保証人本仁の弁済金として流用し、自らは何等の対価も支弁せずして貴船鋳物の担保物件を不法に奪い去ろうとしたのであり、控訴会社としても、もし亀井らのかかる所為がなかりせば、本来貴船鋳物の近畿相互への残債務は貴船鋳物の名において完済され(従って近畿相互の抵当権取得登記及び本件代物弁済予約に基く仮登記は当然抹消され)、よって自己の根抵当権を実行することによってその債権全額を優先確保できたこと明らかであるから、以上の亀井らの所為はまさに公序良俗に反する無効の法律行為といわねばならず、被控訴人島村雅子、同本仁信也の先代亡本仁信一の本件建物所有権取得及び被控訴人松下の亡本仁からのそのうち第一の建物の承継取得はいずれもこれを認めるに由なく、その旨公示した各登記もまた所詮無効の原因によるものである。

四、そうすると、爾余の判断をなすまでもなく被控訴人らの本訴請求は失当で、これと異る趣旨に出た原判決は取消しを免れず、次に控訴人の当審での反訴新請求については、被控訴人らの無効な先順位所有権取得登記は控訴会社の後順位抵当権を侵害するものであるから、控訴会社をして右抵当権に基いて前記無効な登記の抹消登記請求を認めるのが相当であり(大審院大正四年一二月二三日判決民録二一巻二一七三頁参照)、またこの場合亡本仁のように、抹消されるべき登記名義人が死亡したようなときは、その相続人に対して直接右死亡者(被相続人)名義の登記抹消請求が許されると解すべきであるから(大審院大正九年六月一八日判決民録二六巻一〇〇九頁参照)、結局控訴人の反訴請求は全部正当としてこれを認容すべきものである。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 石井末一 判事 竹内貞次 畑郁夫)

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